Q&A (随時更新中)

 建築の継承を実現するにはどうすればよいか、という大きな「問い」を立てることによって、組織内の全ての構成員が一つ一つの建物の設計に取り組むことの意味や目的を明確にしたいと考えました。また同時に「継承」は依頼主にとっても核となる共通の目的です。基本的に、建築は依頼主と建築家との丁寧な対話の中からでしか構想できませんから、その対話の全ての基礎となる理念を企業の名前に込めました。
 建築設計は職務として物理的な側面にどうしても偏りがちになるものですが、継承を目的とすると建物を物理的に生かすだけでは不十分で、いかに建物を社会に活かし続けられるか、という側面をいかにサポートできるかが求められます。建物を物理的に生かすことと社会的に活かすことの両輪で建物の設計に取り組むことが当社の大きな特徴となります。
 世界から見て日本は優れた建築家を多く輩出している国ですが、彼らの作品であっても50年経つと相当数が壊されていてもう見ることはできません。こういう社会だから仕事が多くて良いのだと楽観的に考える建築家もいますが、長い目で見て否定されていくのですから、自分たちの存在意義に関わる重大な問題です。質の高いものを壊して、ありきたりの建物をつくるのであれば、その街の建築文化は成熟に向かいません。創業者は建築学科の学生の時代からこの現状に深く疑問を持っていました。
 都市化・高学歴化に伴う核家族化という家族観の変化。超高齢社会により持ち主が長生きになった結果、相続発生時には次の代が既に50代・60代となり、金銭的にも労力的にも引き継ぐ余力がないこと。建築の法規が変わって、耐震性や防火など建築の根本的な項目で既存不適格建物となって手を入れにくくなること、など原因は様々思い浮かびますが、それらは建築寿命が長い先進国でもある程度共通する問題です。原因はそうした現象よりもさらに深い次元にあり、この社会の中に漠然と共有された歴史観・都市観にあるのだと思います。
 観光地として世界からお客さんが来ることと関係していると思いますが、日本も少しずつ歴史的な継承に価値を見出す風潮が出てきていると思います。古いものに対する深い理解が社会の中に醸成されてくると良いですね。これが一時的なブームに終わることなく、社会の中で共有できる都市観を探っていく必要があるだろうという思いで、「建築継承研究所」のブランドコンセプトとしました。
 既存建物の継承を目的とした設計・コンサルティングを主要なサービスとしていますが、既存建物を社会的に活かすために、運営上増床が必要であれば増築等も決して否定するものではありません。
 また、建築の継承を考えることはこれからどのように建物をつくり、どのように維持し、どのように受け継いで行けばよいかを考えることに深く通じています。実務において、長寿命化のための設計技術を日々研究し、実践しておりますので、長く維持されることを意図した新築建物の設計は喜んでお引受けさせていたします。
 そのような建物も含みますが、文化財という行政的な目録に載っているかどうかとはあまり関係がなく、継承されることで、所有者も街も共に豊かになっていけるであろう建物を対象としています。それらを敢えて例示するとすれば以下のような建物になります。
・新築当時の文化が色濃く表現されている等、歴史的・文化的な観点で地域にとって重要な建物
・力のある建築家によって設計された建物、意匠的に優れた建物
・施主の個人的な思いが詰まっており、その後も大切に受け継がれてきたような建物
・力のある施工者によって丁寧に施工された建物
・登録有形文化財及び将来的にその候補となりうる建物
・都道府県・市町村指定有形文化財
ほか
 誤解を恐れずに言えば、そんなことはありません。運営上安定して維持された社寺仏閣のような建物でも、昔からあるほぼ全ての建物は当初の形から何回かの改変を経ています。
 建物が改変されるのはごく当たり前のことで、いかなる伝統構法であっても完璧なものはなく、不具合があれば直し、狭ければ広げ、問題なく使えるように保ってきたからです。建物とはそのように改変を許容しながら長く保たれ、社会に活かされるべきです。
 保存という分野が理論的帰結として「そのままの形で維持する」ことに行き着いたのは、19世紀の西欧で繰り返された歴史的な捏造への反省があるというのは定説ですが、それに加えて民主主義国家の中の文化行政機関が成熟し、公共の予算を使って行う保存という行為に対して正統性を問われたからだと考えます。難しい言葉で言えば、「そのままの形で維持する」という原則は、裏を返せば文化行政における「無謬性の原則」(即ち官僚組織の判断には誤りが含まれていないという建前)そのものと言えます。
 かつて文化財建造物といえば近世以前の社寺仏閣が主でしたが、近年は戦後に建てられた民間の建物もその候補となってきています。また、より市民の生活に身近な文化財を増やす目的で住宅や事務所、店舗等の指定・登録が増え、文化財建造物のあり方は加速度的に民主化・世俗化が進行しています。日本でも登録有形文化財などはそうしたカテゴリの文化財の筆頭ですが、国の手厚い保護の元で定期的に保存修理されている国指定重要文化財建造物とは違って、公的な補助はほぼありません。つまりそうした建物に「そのままの形で維持する」ことを要求する枠組み上の正統性は存在しないのです。
 ただし、一方で文化財のカテゴリも一定ではありません。登録有形文化財だった建物が一転、手厚い技術的・財政的保護が受けられる指定有形文化財に格上げされるという「嬉しい抹消」も起こり得ます。そうすると、改めてそれまでの改変の正統性を問われる自体になりえます。もちろん所有者の承諾なしにそうしたカテゴリの変更はありませんが、その点で登録有形文化財の改修をする際には、価値の本質を踏まえた思い切った改変も許容されつつ、適切に記録を残すなど、ある種の慎重さも同時に必要になると考えます。
 最近は技術が発達してきて、古い建物は物理的に残すと維持が大変なので、従来の調査に加え、点群データやフォトグラメトリ等を残して物理的には解体したいという風潮も出てきました。何もしないで壊される今までの状態よりはずっと配慮されているわけですし、既存建物の状態によってはそうした残し方も選択肢の一つであろうと理解いたします。しかし私達としては、やはり物理的な建物をより良い形で、部分的にでも残すこと、を仕事をお引き受けする前提としたいと思っています。
 その理由は、今後どれだけ技術が進化し、データ上で精度やリアルさを追求したとしても、本物には遠く及ばないだろうと思うからです。この日進月歩の世界では最新の技術でも陳腐化が早く、データ形式も50年後に読み込めるかどうか謎でもあります。その意味で、点群データやフォトグラメトリのような技術は建物の継承を補完し・拡張するものであっても、代替するものではありえない、というのが私達の考え方です。
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